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Last up date.2017.5.24

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奥深き藁科の里から日本一の生産地へ

 日本におけるお茶の始まりは、奈良・平安時代。中国に派遣された遣唐使や留学僧によってもたらされたといわれています。当初は僧侶や武家など限られた人にのみ与えられた嗜好品でしたが、江戸時代になると、その習慣が広く庶民に普及しました。
 静岡での栽培の始まりは、およそ800年前。静岡市を流れる藁科川の上流、栃沢の地に生まれた聖一国師という僧侶が、中国から種子を持ち帰り、伝えたことに始まります。国師とは僧侶として最高栄誉の称号。聖一国師はこれを日本で最初に授かった高僧です。驚くべきは、その生家が今も栃沢に残り、すぐ目の前に、静岡茶の発祥となった茶園が残っていること。まぎれもなくそのお茶は銘茶・本山茶として、今も人々に親しまれています。

 聖一国師生家の茶園は、栃沢から南方約15kmの地に拠点を置く森田製茶がその管理と栽培、製茶から販売を担っています。実はこの茶園は一度、後継者不在により荒廃しました。森田製茶は、地元茶農家の農業組合「グリーンティー大川」と恊働し、そこにやぶ北の若苗を改植。3年掛かりで茶園を元気な姿に復活させたのです。そして「聖一国師 伝説の彩」として2014年世界緑茶コンテストに出品。見事、最高金賞を受賞しました。
 2016年4月、森田製茶は工場からほど近い場所に「茶の芽」というカフェをオープン。「伝説の彩」をはじめ森田製茶で扱う本山茶が、そこで味わえます。「今、若い人はみんなペットボトル。急須で淹れたお茶を飲む機会がないでしょう。山奥で丁寧に手摘みされた一番茶の味わいは、ペットボトルのそれとは別物であることを伝えたい」。そう語るのは、森田製茶代表の森田博さん。山の斜面では機械を使うことができず、農家がひとつひとつ丁寧に手をかけ、大切に育てています。聖一国師の茶園が一度荒廃したように、後継者不在でそのような価値あるものが消えていくことは、とても切ないことではないでしょうか。茶園復活と茶の芽の存在は、その“今”に一石を投じてくれました。茶の芽を営むのは博さんの息子である、3代目の純平さんとその奥さん。静岡茶へかける想いが、次代へと引き継がれています。

 静岡で茶栽培が盛んになったのは、聖一国師の存在と、温暖で霧が発生しやすいという気候条件。加えて、産業の後押しもありました。静岡県中部で生産されたお茶は静岡鉄道を経由し、清水港から海外へ輸出されていたのです。膨大な生産の受け皿となる物流と消費が存在していました。
 日本一の栽培面積と生産量を誇り、お茶の町と呼ばれて久しい静岡。どこまでも広がる茶畑は、まさに静岡の自然風景そのものです。緑茶コンテスト最高金賞を受賞した伝説の彩は「わが国に静岡茶あり」、を改めて世界に示しました。若者の茶離れが叫ばれるなか、逆に、新たに茶業界に身を置く若者も増えているそう。若い力がどんなふうに未来を切り拓くのか。その今後に注目です。

聖一国師生家の茶園を、樹齢300〜400年ほどの大枝垂桜が見守る。
聖一国師生家にある、静岡茶発祥の石碑。
2014年世界緑茶金賞を受賞した「聖一国師 伝説の彩」。
森田製茶運営の「茶の芽」。アットホームな雰囲気で、地元の子供も訪れる。
茶の芽」で味わえる「伝説の彩」とお団子のセット。
森田製茶代表の森田博さん。製茶や販売だけでなく、栽培も手掛けている。

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